今日はすみれ組の登園が少なく2名でした。保育室で過ごしている2名の子どもを見ていると、1人は玩具で遊び、もう一人は私が持っているカメラをずっと覗き込む姿が見られました。
暫くその様子を見ていると誰が何を言うでもなく、玩具で遊んでいた子どもがもう一人のお友達の視線の先を見ながらに近づいてきました。
お友達が何をしているのか気になったのでしょうか。写真だとわかりにくいのですが、満面の笑みでお友達に近づいて覗き込んだり、笑いかけたり、その子なりのコミュニケーションをたくさんとっていました。
たくさんコミュニケーションを図る子と、カメラを見続ける子。どうしてもこっちを見てほしいかのように、、
ゴロンと下から覗き込むような姿も見られました。
最終的にカメラ目線のお友達は少し泣いて先生に抱っこを求めに行きました。
言葉を話せるわけではないけれど、表情や声、動き等、自分たちの今持っている力でコミュニケーションをとっている姿は何とかして自分の思いを伝えようとする、人間が持つコミュニケーションの原点な気がしました。
泣いてしまった子も自分の思いをしっかり出せたことが大切です。泣かれてしまったもう一人のお友達は満足そうな表情で次の遊びに切替えていきました。自ら切り替える行動ができたということも、自立の一歩をしっかりと歩んでいる証だと思います。
自分の思いを素直に伝え、それを受け入れての思いを伝える。こうしたやりとりが「対話」です。赤ちゃんのように言葉がなくても「対話」はできるんだということを改めて感じます。その出発点は他者(やらされる)ではなく、興味や関心、欲求といった主体的な気持ちです。